「少女終末旅行」考察メモ

  • 鑑賞

アニメ版準拠。ただし,必要に応じて漫画版も参照。何か思いついたら随時更新?

当然ながら超ネタバレ注意!

世界について

場所

作中で使われている文字はいくつかあるが,いずれも日本語に由来しており,訪れたのはいずれも日本語圏であることがわかる。他に英語が存在したこともわかる。 史実現代における日本の未来であると想像される。

時代

時代の概略

(史実現代)→「古代人」の時代→文明崩壊に至る大戦→復興→(再度の衰微と滅亡の確定)→チトとユーリが住んでいた集落の戦争(最終戦争?),という流れ。

年代については,カメラを使うシーンで画面に「3230.08.06.14.52」との表示があり,もしこれが正しく設定された日本式の日時表示だとすれば,3230年であることが伺われる。紀年法は西暦とは限らないが,西暦と考えても,少なくとも何ら無理はない。

大戦後,人々は第二次世界大戦中程度まで文明力を回復し,車両やプロペラ機のような機械であれば生産することが可能になったようである。しかし電子工学の発達には至らず,ロボット制御による生産設備を修理・建設することはできなかった。 時代を通じて文字も変化した。

文字

遺物の年代を比定するのに役立つのが文字である。

古代の文字は史実日本語と同じであるが,時代が下るに字形が幾何学的になり,さらには漢字・カタカナが使われなくなり平仮名に由来する文字のみになるなど,簡略されていく。一方,文法や語彙は二人の時代に至っても比較的よく保存されている。

上の層ほどチトには読めない古い文字が多く,街頭が機能するなど遺跡が比較的よく保存されていることから,文明崩壊後の人口は下の階層に集中していたものと思われる。

宗教

大戦後,ある程度の復興を果たしたが,所詮は失われた原理で動く古代のインフラに依存しきったものであった。 このことは彼ら自身も痛感していた。遠からず訪れるはずの人類滅亡を見据える中で,まだ生活に余裕の合った時代の人々の間では,終末論的な宗教が広く信仰されていた。

「神」は目つきの悪いチンアナゴのような姿で示され,都市の各所に石像が設置されている。

信仰と背景

多神教とみられる。寺院から,浄土教に近い教義の信仰であり,用語やモチーフ(蓮など)もそのまま引き継いでいることがわかる。

墓はびっしりと並べた引き出しに遺品を収めるという特異なもので,遺体は収められない。

神像のベースとなっているエリンギ(ヌコ)たちはこの世界では唯一と思われる分解者であり,人の死と密接に関わり合っていた(後述,登場人物についての項を参照)。特異な墓の形態もこれゆえである。ここに終末=救済を見て,神として崇拝したものと考えられる。

教義面では,浄土信仰に加え古代人の超常的な遺物への信仰も合わさっている。寺院で見られる魔法円様の装飾は,ロボットとの接触時などに AI の象徴として表現される文様と類似している。漫画版ではより決定的な描写が存在する。人智を圧倒する古代の知識を伝える AI を,絶対者として神聖視したのである。

人類について

なぜ滅びたのか?

遥か昔,地球の限界を超えた人口増に対応するために極端に高度な都市化をした結果,レジリエンスが失われた。やがて古代人の間で大戦が発生し,脆弱なインフラが破壊されたことが,文明の喪失に至る破滅に直結した。

古代人の大戦のあとも人類はかろうじて存続したが,生物多様性が失われたことにより農耕や水産による食料生産は不可能であった。稀に古代の食料生産施設が今も残って稼働しているものの,その技術は失われており,修理することはできない。また,生産のすべてを修復不可能な古代のインフラに依存していることにより,戦争に対してきわめて脆弱である。

チトたちの集落の戦争も,依存していたインフラが故障した集団が襲撃してきたものと想像できる。生産性に対して軍事力があまりに過剰であるため,残ったインフラも奪い合う過程で破壊され,敵・味方とも容易に全滅したと考えられる。

チトとユーリについて

名前の由来

人類で1・2番目の宇宙飛行士であるユーリイ・ガガーリンとゲルマン・チトフに由来するものと考えるのが自然。チトの由来としては他にユーゴスラヴィアの政治家「チトー」や第二次世界大戦中の戦車「四式中戦車チト」があるが,ユーリに比定できるものがない。

また,月や星についての言及が多いことも宇宙開発史への参照を示唆している。 これが単にメタ的な名付けなのか,後述する「おじいさん」がつけたものなのかは不明。後者の場合,実は引き取られたのはユーリが先なのかもしれない。

生い立ち

故郷

2人は以前下層の集落に住んでいたが,戦争によって逃げ延びてきた。 2 人とも史実現代人と変わらない程度に骨格が発達しており,かつてパンを作った経験もあることから,開戦に至るまでは食糧事情はかなり良好であったものと考えられる。 戦争の結果,集落は既に滅んだものと思われる。

おじいさん

2人は「おじいさん」と呼ばれる人物に養育されていた。関係性ははっきりしないが,漫画では,チトとユーリは孤児が引き取られたものとして描かれている。 おじいさんは軍人か外交官のような身分であったとみられ,任務で世界中を回るついでに,既にかなり貴重となっていた本を蒐集していた。チトの知識の大半はこの蔵書に由来する。

装備

ケッテンクラート

古代の設計図を元に再生産された品。

コンロ・ランタン

いずれもケッテンクラートと同じ燃料を使用しており,これらも比較的近年に製造されたものと思われる。

衣類など

かつて住んでいた街の軍用支給品とみられ,独自のマークが付いている。意匠は古代(史実第二次世界大戦ごろ)のものに類似している。

知能

幼少時に街を出て以来,教育を受けていないどころか,他の人と遭うこともなかったことから,実際の年齢と比べて遅滞があるものと考えられる。ただし,チトの理解力は非常に高く,ユーリも分野によってはすさまじい才能を見せる。他の生存者も高い能力を持ち,種としては史実現代のヒトより高い能力を持っているものと想像される。

生物

ヒト以外は,食料生産施設の中でのみ生存できる遺伝子操作された種を除き,すべて滅んでいる。 魚養殖施設の自律機械は,かつて人類が意図的に排除したことを示唆した。

微生物(細菌等)も滅びたのか

3 種類の説が考えらえる。それぞれの根拠と(想定される)批判は以下のとおり。

A. すべて滅びた。
根拠:非常に古い(数十年前~数百年前の)食料が食用可能な状態のまま残っている。雑草はもちろんキノコやコケに至るまでをすべて排除できた技術力・政治力があれば,細菌も排除できておかしくない。大気の組成変化,水没などによりヒトと人が残すことを決めた生物以外が全て滅びた可能性もある。2 人が風邪等の疾病を恐れている様子がない(実際にはキャリアが存在しないことから病原体も滅びたものと想像できるが,かつて 2 人の住んでいたような集落では存続し得たため,知識として知っていて恐れるのが自然)。

批判:B 説参照。

B. 多くは残っている。

根拠:食品の保存技術は史実の過去100年程度でも大きく向上しており,次の数百年では想像できないほどの技術の飛躍が期待される。生物が直接関与しない錆や風化も経年のわりに少なく,数百年前の機械が動いていることからも傍証される。

批判:決定的ではないが,A 説参照。

C. ごく一部が残っている。

根拠:折衷説。自然災害を契機に滅びたという仮説と親和的。

批判:直接の根拠はない。ご都合主義的。

どの説でもよく説明できる。

なぜ生物の痕跡(骨など)がない?

下記,登場人物の項を参照。

登場人物

エリンギ・ヌコ

白くて細長い謎の生物(?)。成体はキノコのような形に変形できる。なお,「エリンギ」は公式名称(エンドロールを見よ!)。 高い知能を持つ。音波ではなく電波でコミュニケーションを取り,電波を音として表現できるラジオ等の受信機さえあれば意思疎通が可能。

何を食べる?

大きなエネルギを蓄えたものを食べる。燃料や火薬をはじめ,有機物全般を食べるものとみられる。排泄の様子はなく,完全に消化するか,気体として放出するものとみられる。薬莢など,付随する無機物も消化できるようである(つまり,通常の生物の消化プロセスとは原理が異なる)。

「生きているヒトは食べない」......つまり,死んだヒトは食べる模様。一方で,車両の燃料も含めて,生きているヒトの生存に必要なものは食べないようである。

正体

正体については,以下の 3 種類の説が考えらえる。それぞれの根拠と(想定される)批判は以下のとおり。

A. 生き残った生物

根拠:他の遺物の文明レベルを明らかに超越している。また,本作では機械と生物のデザインは徹底して区別されており,ロボットはたとえヒト型であっても角ばった形をしているところ,明らかに有機的なデザインである。

批判:B 説参照。

B. 「古代人」が作った生体ロボット

根拠:巨大ロボットを起動したり,潜水艦のロックを解除するなど,古代人の遺産を操作できた。音波とは全く原理の異なる電波でコミュニケーションを取る。自己進化するロボットの存在が示唆されている。銃弾や核燃料などを速やかに消化してエネルギに変換することが炭素に基づく生物に可能なのか。

批判:A 説参照。

C. 宇宙人(炭素以外に基づく生物)

根拠:A 説・B 説の難点を解消できる。

批判:直接の根拠がない。下からきて上へ上がって行っているのはなぜか。

個人的には B 説が妥当に思われる。奇妙な生態やヒトへの配慮も,戦争のサーキットブレーカとなる役割を帯びてプログラムされたと解せば説明できる(対照的に,生物の進化は自然選択であり,目的を持ちえない)。

機械進化論研究会(潜水艦での映像)

豊かで知的水準も高いことが伺えるものの,既存のロボットを「観察」しているにとどまることも伺われる。おそらく,大戦後の中興期で,野生生物なき時代,無害なロボットの観察が「自由研究」となっているものと想像される。一方で,このロボットから派生したようにも見える多脚戦車が再三登場しており,表現意図としてはひっかかる部分がある。

その他小ネタ

ユーリがチトに銃口を向けたシーン

このシーン,漫画版では引き金に指をかけておらず,アニメ版では引き金に指をかけて描写されていることが批判されている。暴発に至る危険性が非常に高まるので,引き金には撃つ直前まで指をかけてはいけないという運用になっているのが通常であるためである。表現としても「本気」を示す記号として象徴的に使われるものなので,違和感がある。

ただ,アニメでのユーリの描かれ方からすると,これもこれでおかしなものではなかったりする。すなわち,漫画版でもユーリは生や死という概念を明確に理解していないところ,アニメ版ではその傾向がさらに顕著になっているのである。そもそも,ユーリは銃で人を撃ったことがないようである。下手をすると銃で人が撃たれるところも見たことがないかもしれない。ましてや軍隊で訓練されたわけでもなく,子どもが輪ゴム鉄砲を人に向けるように,まったく素朴に驚くほど軽率な行動を取ってしまうのである。そもそも,ふざけて(「レーションバーを食べる」ことが目的なら車に在庫が山ほどある)銃口を向けるところからして,マトモな訓練を受けた者であれば絶対にありえないムチャクチャな話である。

個人的には,ユーリな精神的な幼さと,それでも信頼している(そして信用するほかない)チトという描写として自然に受け取った。ただ,メタなことを書くと,ここは『平成生まれ』の影響を受けてブラックジョークとして挟まれているプロットだと思われるので,やはり原作の意図から大きく離れていることは否めない。

電磁波爆弾(カメラに記録されていた映像)

このシーンの街を見ると,史実現代と大きく変わらない文明レベルであるように見える。カメラや潜水艦,ロボットの技術力とミスマッチに思えるので,いったん電子工学も一定レベルまで回復しており,その時点での戦争の映像である可能性もある。

オーケストラ(カメラに記憶されていた映像)

なぜか曲はピアノソロである。絵的に仕方なかったのはわかる。

潜水艦システムのセキュリティ

持ってきたカメラを接続できてるのはまずいでしょと思うものの,史実でも USB メモリから原子力発電所の制御システムがマルウェアに感染した例がある(Stuxnet)。

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